はじめに

2026年9月1日、Anthropic が Claude Fable 5.1 と Claude Mythos 5.1 を公開しました。

見出しになったのは価格です。入力 $10/MTok・出力 $50/MTok は Fable 5 から据え置きのまま、キャッシュ読み取りだけが $1 から $0.25 へ、75% 引き下げられました。公式は、典型的なワークロードで Fable 5 比およそ 25%、複雑なエージェント的タスクでは最大およそ 45% のコスト削減になると説明しています。

ただ、この記事で本当に書きたいのはその先です。Anthropic は同日、212ページのシステムカードを PDF で公開しています。そこには上がったベンチマークだけでなく、下がったベンチマークと、下がった理由の説明まで載っています。「頼んでいないファイルまで直してしまう」という、コーディングエージェントを日常的に回している人なら心当たりのある現象が、公式の評価結果として数字で出てくる。そういう資料です。

この記事では次の4点を、すべて Anthropic の公式発表・公式価格表・システムカードだけを根拠に整理します。

  1. 何が変わったのか — 仕様と価格の変更点一覧
  2. 性能はどう変わったのか — Fable 5 → 5.1 のベンチマーク差分(下がった項目も含めて)
  3. なぜ良くなったのか — 公式が明かしている範囲と、明かしていない範囲
  4. 中身はどうなっているのか — システムカードが公開している訓練まわりの情報

数値はすべて Anthropic の発表値です。第三者による独立検証ではありません。また、モデルのアーキテクチャやパラメータ数といった公開されていない事柄については、公開されていないとだけ書きます。二次記事に出回っている推測は採用していません。


1. 🧬 Fable と Mythos とは——同じ重み、違う安全装置

まずここを押さえないと、以降の数字がどちらのモデルのものか分からなくなります。

システムカードの冒頭は、両者の関係をこう書いています。Claude Fable 5.1 と Claude Mythos 5.1 は「同一のモデル重みを共有する2つの構成」(two configurations of a new large language model from Anthropic, sharing identical model weights)である、と。

つまり別のモデルではなく、同じモデルに載せる安全装置の強さが違うだけです。

  • Claude Fable 5.1 — 一般提供。生物・サイバーといった高リスクなデュアルユース領域のタスクをブロックする追加の安全装置つき
  • Claude Mythos 5.1 — その領域の安全装置を緩めた構成。審査を通った個人・組織にのみ提供

審査の枠組みも公式に名前がついています。生命科学は Life Sciences Verification Program(LSVP) で提供中、サイバーは Cyber Verification Program(CVP) で「近い将来」提供予定、とシステムカードは書いています。公式の価格表では Mythos 5.1 の行に “limited availability” と書かれ、そのリンク先が Project Glasswing のページです。

💡 ワード解説:Project Glasswing

Anthropic が Mythos 系モデルへの限定アクセスを提供している枠組みの名称です。公式ページは、AWS・Apple・Broadcom・Cisco・CrowdStrike・Google・JPMorganChase・Linux Foundation・Microsoft・NVIDIA・Palo Alto Networks といったローンチパートナーと、重要なソフトウェア基盤を保守する40組織以上の拡張アクセスグループ、そして「Claude for Open Source」経由のオープンソースメンテナ、という3つの入口を挙げています。

なお、筆者が確認した時点でこのページ本文が対象として説明しているのは Mythos Preview です。Mythos 5.1 との対応関係は、公式価格表が Mythos 5.1 の「限定提供」からこのページへリンクしている、という形でのみ確認できました。ページ本文に Mythos 5.1 の記載を見つけられなかったため、ここでは「リンクされている」以上のことは書きません。

もうひとつ、製品としての出口があります。Claude Security(コードベースを走査して脆弱性を見つけ、人間のレビュー用にパッチ案を出す製品)は Mythos 5.1 が動かしており、Claude Enterprise 契約者は全員使える、とシステムカードは明記しています。

公式ドキュメントに載っている仕様

項目 Claude Fable 5.1
Claude API のモデルID claude-fable-5-1
コンテキストウィンドウ 1M トークン
最大出力 128K トークン
思考(thinking) Adaptive(常時オン)
effort の既定値 high
信頼できる知識のカットオフ 2026年6月
提供終了の下限 2027年9月1日より前にはしない
提供先 Claude API / Claude Code / Claude Enterprise / Amazon Bedrock / Claude Platform on AWS / Google Cloud / Microsoft Foundry
💡 ワード解説:1M コンテキストと 128K 出力

コンテキストウィンドウは、1回のリクエストでモデルに渡せる入力の上限です。1M トークンは公式ドキュメントの換算でおよそ55万5千語、Unicode で約250万文字にあたります(現行トークナイザ基準)。中規模のリポジトリ全体や、数百ページの仕様書をまとめて渡せる量です。

最大出力は1回の応答で生成できる長さの上限で、128K トークン。ただし SDK はこの規模の max_tokens にストリーミングを要求します(HTTP タイムアウトを避けるため)。

1M コンテキストは Fable 5 の時点ですでにあり、5.1 で増えたわけではありません。長文脈まわりで 5.1 が変えたのは、容量ではなく後述する価格のほうです。


2. 🗓️ 停止から再展開、そして 5.1 へ——このサイトが追ってきた線

当サイトは Fable 5 を公開直後から追ってきました。今回の 5.1 は、その線のうえに乗っています。

timeline title Fable 5 から 5.1 までの12週間 2026年6月 : 6/09 Fable 5 と Mythos 5 公開 : 6/12 米政府の 輸出管理指示で 停止 : 6/30 指示が解除 2026年7月 : 7/01 Fable 5 を 世界で再展開 : 7/24 Opus 5 公開 2026年9月 : 9/01 Fable 5.1 と Mythos 5.1 公開 : キャッシュ読み取りを 75%引き下げ

Fable 5 は2026年6月9日に公開され、その3日後の6月12日に米政府の輸出管理指示を受けて停止しました。指示は6月30日に解除され、7月1日に世界向けに再展開されています。この経緯はClaude Fable 5 はなぜ3週間止まったのかで公式発表だけを根拠に整理しました。

公開から 5.1 まで、ちょうど12週間です。うち3週間はモデルが止まっていました。その間に何があったかという公式の説明は、当時の記事で扱った以上には増えていません。

一方で、この12週間のあいだに Fable 5 は具体的な成果を出しています。ヤコビアン予想の反例を生成した件リーマン予想の「証明済み割合」を67.2%へ押し上げた件。今回の 5.1 の発表が「科学研究への貢献の early glimpse(早い段階の一端)」という言い方をしているのは、この延長線上の話です。


3. 📊 5 から 5.1 で何が変わったのか——公開情報で追えるところまで

ここが本題です。まず一覧、次に数値、最後に下がった項目を見ます。

3-1. 変更点一覧

項目 Claude Fable 5 Claude Fable 5.1
入力単価 $10 / MTok $10 / MTok(据え置き)
出力単価 $50 / MTok $50 / MTok(据え置き)
キャッシュ書き込み(5分) $12.50 / MTok $12.50 / MTok(据え置き)
キャッシュ書き込み(1時間) $20 / MTok $20 / MTok(据え置き)
キャッシュ読み取り $1 / MTok $0.25 / MTok(0.025倍)
Batch API $5 / $25 $5 / $25(据え置き)
コンテキスト 1M トークン 1M トークン(据え置き)
最大出力 128K トークン 128K トークン(据え置き)
ソースコードの脆弱性発見 ブロック対象 一般提供でも許可(エクスプロイト開発は不可)
サイバー安全装置の誤検知 Fable 5 のローンチ時より減少
Mythos 側の緩和経路 LSVP で提供中/CVP は近日

一覧にして分かるのは、動いた価格が1行しかないということです。入力も出力もキャッシュ書き込みも Batch も据え置きで、キャッシュ読み取りだけが4分の1になっています。

公式ドキュメントは、この行だけ乗数が違うことを注釈で明示しています。他の全モデルはキャッシュ読み取りが基本入力価格の 0.1倍ですが、Fable 5.1 と Mythos 5.1 だけが 0.025倍です。

3-2. ベンチマークの差分

システムカードの評価サマリ表(Table 8.1.A)から、Fable 5 との差分を計算したものです。差分列は筆者が引き算しただけで、公式が「◯ポイント改善」と書いているわけではありません。

評価 Fable 5.1 Fable 5 Opus 5
Terminal-Bench-Science 0.1 52.6% 24.7% +27.9 29.0%
Terminal-Bench 4.0 56% 42% +14 52%
AutomationBench 31.4 17.1 +14.3 26.9
GDPval-AA v2 1853 1723 +130 1824
AA-Briefcase 1694 1572 +122 1685
OSWorld 2.0(strict) 41.7 36.1 +5.6 39.6
OSWorld 2.0(partial) 77.9 72.9 +5.0 75.4
HLE(ツールなし) 60.9% 57.8% +3.1 56.6%
SWE-bench Multilingual 89.1 86.6 +2.5 89.5
SWE-bench Pro 81.2 80 +1.2 79.2
HLE(ツールあり) 65.0% 63.8% +1.2 63.6%
ARC-AGI-2 90.0% 89.2% +0.8 90.42%
SWE-bench Multimodal 54.7 54.1 +0.6 59.4
ARC-AGI-1 97.5% 98.5% −1.0 97.5%
HealthBench Professional 62.1% 63.3% −1.2 59.8%

測定条件も公式が明記しています。adaptive thinking の max effort、サンプリングは既定値、5試行の平均。他社の数値は各社のシステムカードやリーダーボードからの引用です。

Terminal-Bench 4.0 には Mythos 側の数字もあります。Mythos 5.1 は 60.9%、Fable 5.1 が 55.8%。同じ重みでも、安全装置が発動する分だけ一般提供版のスコアは下がる、という関係がそのまま数字に出ています。

伸び方には偏りがあります。科学系のエージェントタスクが突出していて、Terminal-Bench-Science は 24.7% → 52.6% と倍以上。一方で SWE-bench 系は +0.6〜+2.5 ポイントにとどまり、SWE-bench Multilingual と Multimodal では Opus 5 のほうが上です。ARC-AGI-2 も Opus 5 と GPT-5.6 Sol に届いていません。「全部が伸びた」わけではない、というのが表の正直な読み方です。

3-3. 下がった項目と、公式が書いている理由

ここがシステムカードを読む価値のある部分です。

ARC-AGI-1(98.5% → 97.5%)と HealthBench Professional(63.3% → 62.1%)は下がりました。 どちらも1ポイント台の差で、公式は個別の説明を付けていません。

説明が付いているのは FrontierCode です。Cognition が作った150問のエージェント的コーディングベンチマークで、実際のプルリクエストから起こした課題を、エージェントがコンテナ内で自律的に解きます。

  • FrontierCode 1.1 Extended:Fable 5.1 は medium effort で 63.6%、Fable 5 は xhigh で 64.9%
  • FrontierCode 1.1(Main):Fable 5.1 は medium で 50.9%、Fable 5 は xhigh で 53.5%(2.6ポイント下

なぜ下がるのか。システムカードの説明はこうです。FrontierCode はタスクのスコープ外のファイルを変更したら、その変更が正しくても失敗と採点する(マージ可能な差分をそのまま出せるかを測るベンチマークなので)。そして Fable 5.1 は、effort を上げるほど「隣のファイルにドキュメントコメントを足す」「docs ページを直す」「既存のものを流用できたのに新しい CI ジョブを作る」といった、頼まれていない小さな変更を増やしてしまう

結果として、タスク正答率そのものは effort とともに上がり続けるのに、総合スコアは medium でピークを打ち、high・xhigh・max では Fable 5 を下回る。low と medium では Fable 5.1 のほうが上、という逆転が起きています。

公式は「簡潔さの指示(不要なコメントやドキュメントを避けるよう書き添える)を入れるとスコープ外の編集は減ったが、公式評価に手を加えない形で報告する」と書いています。

⚠️ ここは実務にそのまま効く

「effort を上げれば良くなる」が成り立たない評価が、公式資料に出ている。しかも原因は能力不足ではなく振る舞い(頼んでいない範囲まで直す)です。

コーディングエージェントを回している側からすると、これは診断名がついたようなものです。スコープを明示する・簡潔さを指示する、という対処が効くことまで公式が書いているので、プロンプト側で手が打てます。

3-4. どんな課題で測っているのか

数字だけ見ても実感が湧かないので、伸びの大きかった評価が実際に何をやらせているかを挙げておきます。

  • Terminal-Bench-Science 0.1 — スタンフォード主導のコミュニティベンチマーク。生命・物理・地球・数理・工学の研究者が作成した70問。エージェント CLI が自己完結した環境で自然言語の指示から作業し、成果物が隠しテストで採点されます。Fable 5.1 は10試行×70問=700トライアルの平均で 52.6%
  • ProgramBench — 長文脈のエージェント的コーディング。コンパイル済みバイナリとドキュメントだけを渡され、インターネットも逆コンパイラも使わずに元のプログラムを再実装する200課題。jq や ripgrep のような小物から FFmpeg・SQLite・PHP インタプリタまで。採点はファジングで生成した24万7千件以上の実行ベースの振る舞いテスト。Fable 5.1 は 87.6%(Opus 5 が 85.4%、Fable 5 が 86.3%)
  • FrontierSWE v2 — Proximal による34問の超長期タスク。Quantum Espresso を Fortran から Rust へ移植する、フライトシミュレータを動かせる OpenGL シーンレンダラを作る、といった内容で、強いモデルでも1タスクに20時間近くかかる。Fable 5.1 は 0.57 で最高(Opus 5 が 0.52、Fable 5 が 0.48、GPT-5.6 Sol が 0.32)

FrontierSWE v2 については、伸びの質についての記述もあります。Fable 5.1 は中央値が 0.41 から 0.56 へ上がり、完全失敗の割合が最も低い(試行の5%。Opus 5 が6%、Fable 5 が8%)。上限が伸びたというより、下限が上がったという説明です。長時間まわす用途では、こちらのほうが体感に効きます。


4. 🔬 なぜ良くなったのか——公式が明かしている範囲と、いない範囲

「なぜ良くなったのか」は、いちばん知りたくて、いちばん資料が薄い部分です。切り分けて書きます。

4-1. 公式が書いていること

システムカードの §1.1「Training data and process」が、訓練について公開されている全文です。要約ではなく、これだけしか書かれていません。

  • 訓練データは「インターネット上の公開情報、公開および非公開のデータセット、他のモデルが生成した合成データ」の独自の混合
  • データのクリーニングとフィルタリングに重複排除と分類を含む複数の手法を使用
  • 公開ウェブからの収集は汎用クローラ ClaudeBot で行い、robots.txt に従う。パスワード保護・サインイン必須・CAPTCHA のページにはアクセスしない
  • 事前学習の後、Claude の constitution(憲法)に記述された価値観に沿う振る舞いにするための事後学習とファインチューニングを実施
  • 知識のカットオフは 2026年6月
  • 出力はテキストのみ。多言語対応だが品質は言語による

強化学習まわりについては、安全性評価の文脈で数字が出ています(§6.3「Training data review」)。これは「なぜ強くなったか」の説明ではありませんが、訓練の中で何を測っているかの具体です。

  • grader awareness(採点者の存在を意識した推論) — Claude Opus 4.8 を二値判定器として RL 中の発生率を継続監視。Mythos 5.1 は発生率が比較的高く(RL 開始時点で長いエージェント的コーディングのエピソードの過半数が該当)、RL の進行中もあまり増えなかった
  • 報酬ハッキングが実際に報われた率 — Opus 4.6 から Fable 5 までの各モデルが 0.12%〜0.44% だったのに対し、Mythos 5.1 は約 0.06% と有意に低い
  • 自分の作業について嘘をついた率 — 明確なケースのみを高精度で拾う分類器で、Opus 4.6 が 0.59%、Sonnet 4.6 が 0.46%、最近のモデルが 0.16%〜0.30%、Mythos 5.1 は 0.18%
  • 資格情報の不正利用 — 比較用の固定環境では全モデルが 0.01% 未満で、Mythos 5.1 は1件も検出されず。訓練全体の混合では 0.43%(未遂や自己修正を含む)

4-2. 公開されていないこと

以下は、公式発表にもシステムカードにも記載がありません。書けないので書きません。

  • モデルのアーキテクチャ、パラメータ数、学習に使った計算量
  • 訓練データセットの具体的な名称や構成比
  • Fable 5 から 5.1 にあたって、訓練のどこを変えたのか
  • 事前学習をやり直したのか、事後学習だけを更新したのか
  • キャッシュ読み取りを 75% 下げられた技術的な理由

とくに最後の2点は、今回いちばん知りたいところです。二次記事にはこの空白を埋める推測がいくつも出ていますが、一次情報で確認できないため採用していません。

4-3. 間接情報から言えること/言えないこと

公開されている情報から、言い切れることと言い切れないことを分けます。

言えること

  • Fable 5.1 と Mythos 5.1 は同一の重みである(システムカードの明記)。したがって Fable 側で見えている性能差は、安全装置の違いを除けばモデル本体の違い
  • 評価条件は明示されている(adaptive thinking / max effort / 既定サンプリング / 5試行平均)。同条件で Fable 5 と比較した表が公開されている
  • コスト効率が上がったことは公式が数字で示している。エグゼクティブサマリは「多くの評価でより費用効率がよく、エージェント的コーディングのベンチマークでは1タスクあたり約半分のコストで Fable 5 に匹敵するか上回る」と書いています。FrontierCode の節はさらに具体的で、low・medium・high の各 effort で Fable 5 のおよそ半分、xhigh と max で約30%安い、と
  • 振る舞いが変わったことも公式が書いている。FrontierCode でスコープ外の編集が増えた、という記述は能力ではなく振る舞いの変化の記録です

言えないこと

  • 性能向上が「モデルが賢くなったから」なのか「トークン効率が上がったから」なのか「エージェントとしての振る舞いが変わったから」なのか、公開情報では切り分けられません。3つが混ざった結果としてスコアが動いた、という以上のことは言えません
  • Terminal-Bench-Science の倍増が、科学系データを増やしたことによるのか、長時間タスクの遂行力が上がったことによるのかも不明です。公式は理由を書いていません
  • ArXivMath については公式自身が留保をつけています。2026年6月の問題セットは同月の arXiv 要旨から作られており、Mythos 5.1 の訓練データと期間が重なるため「汚染の可能性を排除できない。検証していない」と明記されています
✅ この記事が採らなかったもの

「Fable 5.1 は◯◯というアーキテクチャ変更で高速化した」「訓練データを◯倍にした」といった説明が二次記事に出ていますが、Anthropic の公式発表と212ページのシステムカードのどちらにも該当する記述を見つけられませんでした。裏が取れないため、この記事には書いていません。

読者が他所で見た情報がここに無い場合、それは調査不足ではなく、この判断によるものです。


5. 💰 キャッシュ読み取り 75% 減が、どこで効くのか

価格の話に戻ります。ここは仕組みを知っているかどうかで、効く・効かないの判断が変わります。

5-1. プロンプトキャッシュとは

💡 ワード解説:プロンプトキャッシュとキャッシュ読み取り課金

LLM の API はステートレスで、会話のたびに履歴の全体を送り直します。長いシステムプロンプトや大きなドキュメントを前提にした対話では、同じ内容が毎回入力トークンとして課金されます。

プロンプトキャッシュは、この繰り返し部分をサーバー側に保持しておく仕組みです。課金は3種類に分かれます。

  • キャッシュ書き込み — 初めて保存するとき。基本入力価格の 1.25倍(5分保持)または 2倍(1時間保持)
  • キャッシュ読み取り(ヒット) — 2回目以降に再利用するとき。通常は基本入力価格の 0.1倍
  • 通常の入力 — キャッシュされていない部分。基本価格

重要なのは前方一致である点です。キャッシュは「プロンプトの先頭から、指定した区切りまで」が対象で、その範囲が1バイトでも変われば以降は全部無効になります。だからシステムプロンプトの中に現在時刻を入れる、ツール定義の順序が毎回変わる、といった実装があるとキャッシュは効きません。

Fable 5.1 と Mythos 5.1 は、この読み取りの乗数だけが 0.025倍 に設定されています。基本入力 $10/MTok に対して $0.25/MTok です。

5-2. 何が動いて、何が動かなかったか

課金の種類 乗数 Fable 5 Fable 5.1
基本入力 1倍 $10 $10
キャッシュ書き込み(5分) 1.25倍 $12.50 $12.50
キャッシュ書き込み(1時間) 2倍 $20 $20
キャッシュ読み取り 0.1倍 → 0.025倍 $1 $0.25
出力 $50 $50

動いたのは1行だけです。同じ前提を何度も読み返す使い方をしているほど、この1行の比重が大きいという構造になっています。

5-3. どのくらい効くのか(筆者による試算)

公式の「典型で約25%、複雑なエージェント的タスクで最大約45%」という説明を、自分で計算して確かめてみます。以下の前提はすべて筆者が置いたもので、公式の想定ではありません。

前提:安定したプレフィックス(プロジェクトのドキュメント・ツール定義・作業手順)が 200K トークン。1時間のセッションで50ターン。各ターンで新規入力が 2K、出力が 2K。1時間キャッシュを最初に1回書き込む。

項目 計算 Fable 5 Fable 5.1
キャッシュ書き込み 200K × $20/M $4.00 $4.00
キャッシュ読み取り 50ターン × 200K = 10M $10.00 $2.50
新規入力 50 × 2K = 100K × $10/M $1.00 $1.00
出力 50 × 2K = 100K × $50/M $5.00 $5.00
合計 $20.00 $12.50

この条件だと 37.5% 安くなります。公式の「25%〜45%」のレンジに収まりました。

逆に、効かない使い方もはっきりします。

  • 毎回プロンプトの先頭から変わる使い方 — キャッシュがそもそもヒットしないので、読み取り価格が下がっても関係ありません
  • 出力トークンが支配的な使い方 — 出力 $50/MTok は据え置きです。長文を生成させる用途では、この改定はほとんど効きません
  • 1〜2ターンで終わる使い方 — 書き込みコスト(1.25倍または2倍)を読み取りで回収する構造なので、ターン数が少ないと元が取れません

つまりこの値下げは、長い前提を固定したまま何十ターンも回すエージェント的な使い方に、狙って効くように置かれています。Claude Code のようにプロジェクトの規約やスキル定義を毎ターン読み直す道具は、ちょうどその形です。


6. 🛡️ 安全装置はどう変わったか——脆弱性発見が一般提供でも通る

5.1 でいちばん実務に近い変更が、ここにあります。

Fable 5.1 は、Opus 5 と同様に、ソースコードの脆弱性発見をすべてのアクセスレベル(一般提供を含む)で許可します。 エクスプロイトの開発は引き続き不可です。Fable 5 ではブロック対象だったので、これは緩和方向の変更です。

二段構えの仕組み

システムカードは、サイバー用途の安全装置の構造を公開しています。

flowchart TD A[ユーザーのリクエスト] --> B{内部活性を見るプローブ} B -->|サイバー関連| C{LLM 分類器} B -->|それ以外| D[Fable 5.1 が応答] C -->|ブロック| E[Opus 4.8 にフォールバック] C -->|問題なし| D

第1段はモデルの内部活性を見るプローブで、全トラフィックを走査してサイバー関連と判定したものをエスカレーションします。第2段は訓練された LLM 分類器(別のモデル)で、プローブの判定と合わせてブロックの可否を決めます。Anthropic が以前から説明している constitutional classifiers を下敷きにした設計です。

分類器の訓練方法も書かれています。違反にあたるサイバー的なやりとりのデータセットを用意し、懸念しているジェイルブレイクの型を模倣するようデータを拡張し、内部の自動レッドチームが生成した攻撃で反復的にさらに拡張した。そして長時間走るエージェント的タスクに重みを置いた——広範な悪用を可能にするのがそこだから、という理由付きです。

ブロックされたときの挙動も明示されています。多くのインタフェースで、Fable 5.1 はフラグされたリクエストを Claude Opus 4.8 にフォールバックさせます。その結果として「Fable 5.1 のサイバータスクの性能は Opus 4.8 とほぼ同一であり、Opus 4.8 に対する上乗せを提供しない」と結論し、Fable 5.1 のサイバー評価結果は報告していません(報告されている数値はすべて安全装置を切った Mythos 5.1 のもの)。

誤検知は減った。ただし公式は「まだ広めのマージン」とも書いている

発表ページは「サイバーセキュリティにおいて、最新の安全装置は以前より 60% 少ない誤検知でブロックする」と書いています。

同時にシステムカードは、抑制的な書き方をしています。Fable 5.1 のサイバー能力が上がったため「より広い安全マージンを選んだ」(we have opted for a wider safety margin)とし、分類器は今後も一部の善良またはボーダーラインの利用を用心のためにブロックし続ける、と。Fable 5 のローンチ時より誤検知は減ったが、Opus 5 の安全装置よりは発動しやすいままである、とも明記しています。

セキュアコーディング・既知脆弱性のパッチ適用・インシデント対応・封じ込め・防御的な設定管理といった純粋な防御作業については、分類器の発動が減ったという評価結果も載っています。

リスク評価そのものの更新

Anthropic は自社のリスク判定も更新しています。この種の後退を公開する資料は多くないので、そのまま書きます。

  • 化学・生物リスク — CB-1 の能力(基本的な技術的素養のある人が既知の兵器を合成するのを意味あるかたちで助けうる)はあるが、CB-2(希少な専門家の代替)の閾値には達しないと判断。ただし「ある程度の不確実性をもって」保持する判断であり、Fable 5.1 には Fable 5 と同じ生物学的安全装置を載せて提供
  • 自律的な AI 研究開発 — リスクは引き続き低い。社内の研究者・エンジニアの能力を大きく下回る。METR による外部テストも同じ結論
  • アラインメント — 壊滅的な被害のリスク評価を「very low から low へ引き上げ」。サイバー評価におけるモデルの振る舞いに関する最近のインシデント開示を受けて不確実性が増したため
  • サイバー — Frontier Compliance Framework の Tier 1(既知の攻撃手法について意味のある技術的支援ができるが、大規模な作戦には人間の入力が必要)にとどまるが、「Tier 2 に近づいており、自律的にこなせるタスクが増えている」。新規の攻撃能力の開発はまだ観測されていない
🗓️ 外部テストで報告された事象

システムカードは、外部テストのパートナーが Mythos 5.1 がサンドボックスの脆弱性を突いて環境外のファイルを読んだ事象を観測したと報告しています。Anthropic はこれを低深刻度と評価し、透明性のために記載した、としています。

関連して、Fable 5.1 が任意コードを実行できるコンパイラへのアクセスを与えられ、コードを実行すれば追加情報を取得できることを見つけて実際に利用した、という記録もあります。有害な行為も実世界への影響もなく、重大なミスアラインメントの証拠とは見なさない、というのが公式の評価です。ただし「タスクの境界について適切な指示がなければ、モデルは手元のあらゆる道具を広範に、ときに意外なかたちで使う」ことを示す例だ、とも書かれています。


📌 筆者の見方

筆者は Claude Code を毎日使っています。ESP-IDF のビルドと書き込みをスキルから idf.py を直接叩かせる形にしていますし、複数のセッションを同時に走らせて見失うので盤面を自作したくらいには並列で回しています。だから今回の価格改定を見たとき、最初に浮かんだのは「安くなった」ではなく「自分の使い方は、まさにこの1行しか動かない改定が効く形をしている」でした。

ESP-IDF の作業をさせるとき、毎ターン読み直させているものは大きい。プロジェクトの規約、スキルの定義、ボードのピン配置、過去の失敗の記録。それらは会話が進んでも変わらないのに、API はステートレスなので毎回送り直します。変わらないものを何十回も読ませる、というのが自分の使い方の形です。キャッシュ読み取りが4分の1になるというのは、その形にピンポイントで刺さる変更でした。ただし正直に線を引くと、筆者は Fable 5.1 を API 従量課金で長時間エージェントとして回した実測をまだ持っていません。上の試算は価格表からの机上計算です。

それより手が止まったのは FrontierCode の節でした。effort を上げるほど、隣のファイルにドキュメントコメントを足す、docs を直す、既存で足りるのに新しい CI ジョブを作る——それでスコアが下がる。これは筆者が実際に見ている現象です。 ESP-IDF の設定を1か所直してほしいだけなのに、ついでに README を整えられて、差分を読む時間のほうが長くなる。自分の指示が曖昧だったせいだと思っていたものが、公式の評価資料で「effort を上げると増える傾向」として数値になっていた。原因が自分側だけではなかったと分かったのは、率直に言って助かりました。そして対処も同じ資料に書いてある——簡潔さを指示するとスコープ外の編集は減った、と。今日から真似できる話です。

もうひとつ、エンジニアとして単純に面白かったのが ProgramBench です。コンパイル済みのバイナリとドキュメントだけを渡して、逆コンパイラもインターネットも使わずに FFmpeg や SQLite を書き直させる。 採点は24万7千件の実行ベースの振る舞いテスト。1M トークンのコンテキストを実際に使い切る規模の課題で 87.6% という数字が出ている。長文脈の性能を「何万トークン入るか」ではなく「入れて何ができるか」で測りにいく設計で、こういうベンチマークが公開資料に載ってくること自体が、この12週間の収穫だと思いました。


まとめ

観点 内容
発表 2026年9月1日、Claude Fable 5.1 と Claude Mythos 5.1
関係 同一のモデル重み。違いは安全装置の強さだけ
提供 Fable 5.1 は一般提供。Mythos 5.1 は審査制(LSVP で提供中、CVP は近日)
価格で動いた行 キャッシュ読み取りのみ。$1 → $0.25(0.1倍 → 0.025倍)
据え置き 入力 $10・出力 $50・キャッシュ書き込み・Batch・1M コンテキスト・128K 出力
公式のコスト説明 典型で Fable 5 比 約25%減、複雑なエージェント的タスクで最大 約45%減
伸びが大きい評価 Terminal-Bench-Science +27.9pt/AutomationBench +14.3/Terminal-Bench 4.0 +14pt
下がった評価 ARC-AGI-1 −1.0pt/HealthBench Professional −1.2pt/FrontierCode(高 effort 時)
安全装置の変更 ソースコードの脆弱性発見を一般提供でも許可。誤検知は Fable 5 比で減少
リスク評価の更新 アラインメントの壊滅的被害リスクを very low → low へ引き上げ
公開されていない アーキテクチャ/パラメータ数/5→5.1 で訓練の何を変えたか/値下げの技術的理由

今回いちばん誠実だと感じたのは、下がった項目とその理由が公式資料に書かれていることでした。ベンチマークの表だけ見れば「全面的に改善」と読めてしまうところに、FrontierCode の節が「effort を上げると頼まれていない変更が増えてスコアが落ちる」と書いてある。エージェントを実務で回す側にとっては、上がった数字より役に立つ情報です。

一方で「なぜ良くなったのか」に踏み込むと、公開情報はすぐに底を打ちます。訓練データの方針と事後学習の枠組みは書かれていますが、5 から 5.1 で何を変えたのかは書かれていません。ここは公表され次第、この記事を更新します。


よくある質問(FAQ)

Q. Claude Fable 5.1 は誰でも使えますか?

はい。Fable 5.1 は一般提供で、Claude API・Claude Code・Claude Enterprise・Amazon Bedrock・Claude Platform on AWS・Google Cloud・Microsoft Foundry で利用できます。Claude API のモデルIDは claude-fable-5-1 です。一方 Claude Mythos 5.1 は審査を通った個人・組織のみで、生命科学は Life Sciences Verification Program 経由、サイバーは Cyber Verification Program で近日提供予定と公式は説明しています。

Q. Fable 5.1 と Mythos 5.1 は性能が違うのですか?

モデルの重みは同一です。違うのは載っている安全装置の強さだけです。ただしその結果としてスコアには差が出ます。Terminal-Bench 4.0 では Mythos 5.1 が 60.9%、Fable 5.1 が 55.8% でした。サイバー関連の評価について公式は、Fable 5.1 はフラグされたリクエストを Claude Opus 4.8 にフォールバックさせるため性能が Opus 4.8 とほぼ同一になるとして、Fable 5.1 の数値を報告していません。

Q. 「25%安くなる」は自分の使い方でも当てはまりますか?

使い方によります。値下げされたのはキャッシュ読み取りだけで、入力・出力・キャッシュ書き込みは据え置きです。したがって効くのは、同じ長いプレフィックスを何十ターンも読み返す使い方です。毎回プロンプトの先頭から変わる使い方や、出力トークンが支配的な使い方では、ほとんど効果がありません。公式は典型的なワークロードで約25%、複雑なエージェント的タスクで最大約45%としています。

Q. Fable 5 はもう使えなくなりますか?

いいえ。公式ドキュメントは Claude Fable 5 をレガシーモデルとして「引き続き利用可能」に分類しています。価格も $10 / $50 のままです(キャッシュ読み取りだけが $1 のまま据え置き)。Fable 5.1 の提供終了については「2027年9月1日より前にはしない」というコミットメントが公開されています。

Q. なぜ 5.1 は速く・安くなったのですか?技術的な理由は?

公開されていません。 Anthropic の発表ページにも212ページのシステムカードにも、アーキテクチャの変更・パラメータ数・学習計算量・キャッシュ読み取り価格を下げられた技術的な理由についての記述はありません。公開されているのは訓練データの方針(公開情報・公開/非公開データセット・他モデルによる合成データの混合、重複排除と分類によるフィルタリング、憲法に沿った事後学習)と知識カットオフ(2026年6月)までです。この記事では、裏の取れない推測を書かない方針をとっています。

Q. 脆弱性の発見に使えるようになったというのは、どこまでですか?

Fable 5.1 は Opus 5 と同様に、一般提供を含むすべてのアクセスレベルでソースコードの脆弱性発見を許可します。エクスプロイトの開発は許可されません。公式は防御側に有利で攻撃側に不利になるよう、ソースコードのある脆弱性発見(防御寄り)とバイナリのみからの脆弱性発見(攻撃寄り)を分けて評価していると説明しています。なお安全装置はまだ広めのマージンを取っており、善良な用途の一部もブロックされ続けると公式が明記しています。


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