はじめに:本記事について
2026年2月6日、日本の医療テック(MedTech)業界に大きなニュースが飛び込んできました。ソニーグループの医療ロボット技術を継承したクオリィ株式会社(Quali)が、シリーズAラウンドで18億円の資金調達を完了し、本格的に事業を開始したと発表しました。
本記事では、このニュースの技術的背景と、それが医療の未来にもたらす影響について詳しく解説します。
- 情報ソース: クオリィ株式会社 事業開始のお知らせ(PR TIMES)
- 発表元: クオリィ株式会社
- 発表日: 2026年2月6日
ニュースの概要
資金調達の詳細
調達額: 18億円(シリーズAラウンド)
主要投資家:
- FTI(Future Technology Institute)- リード投資家
- MPI(Medical Partnership Institute)
- ソニーグループ株式会社
- 日本政策投資銀行(DBJ)
この資金は、マイクロサージャリー支援ロボットの実用化、薬事承認取得、および量産体制の構築に充てられる予定です。
1. 髪の毛よりも細い「0.3mm」を繋ぐ神業の世界
マイクロサージャリーとは
クオリィが照準を合わせているのは、**マイクロサージャリー(微小外科)**という極めて難易度の高い外科手術領域です。
マイクロサージャリーの驚異的な世界:
- 対象組織: 直径 0.3mm〜0.8mm 程度のリンパ管や血管、神経
- 比喩: 日本人の髪の毛の太さは平均 0.08mm。つまり、髪の毛数本分の太さしかない管を針と糸で縫い合わせる作業
- 道具の精密さ: 使用する糸はわずか 0.01mm。肉眼では捉えきれず、高倍率の顕微鏡下でなければ存在すら確認できない極細の世界
0.01mmという精度は、産業用ロボットでも実現が難しいレベルです。センサーノイズ、機械的なバックラッシュ、温度変化による材料の膨張・収縮など、あらゆる要因が誤差として現れます。これをリアルタイム制御で補正しながら、しかも生体組織という不均一で柔らかい対象を扱う——並大抵の制御アルゴリズムでは到底実現できません。
医療現場の課題
これまでマイクロサージャリーは、数十年の修練を積んだごく一部の「神の手」を持つ医師にしか許されない領域でした。
高齢化および医師の地域偏在により、この高度な技術を提供できる医療機関は限られています。クオリィは、熟練の技をロボット技術でサポートし、医療の質を底上げすることを目指しています。
2. 国際医学誌も注目!圧倒的な「技術的エビデンス」
科学的実証
クオリィが継承した技術は、すでに国際医学誌『Plastic and Reconstructive Surgery – Global Open』にて、その実力が科学的に証明されています。
論文が示す驚愕のスペック
血管開通率100%:
- 動物実験において、0.35mm〜0.8mmの極細血管の接続後、血流が維持される確率(開存率)が 100% を記録
世界初「9秒」の自動器具交換:
- 従来の手術ロボットの最大の弱点は、器具の付け替えに時間がかかり手術が中断すること
- このロボットは約9秒で自動交換を行い、手術のダウンタイムを劇的に短縮
- 機械的な位置決めと器具認識、そして安全確認を9秒で完了させるには、高速な画像処理とモーター制御の絶妙な同期が必要です。失敗が許されない医療機器で、この速度と信頼性を両立させている点は驚異的といえます
医師の集中力を最大化:
- 助手の手を借りずロボットが自律的に動くことで、術者は最も重要な「縫合」に全神経を注げる
論文詳細:
The First Microsurgery-assisting Robot Equipped With an Automatic Instrument Exchange System
(Plastic and Reconstructive Surgery – Global Open, September 2025)
3. なぜ「ソニー」なのか?受け継がれる精密制御の遺伝子
ソニーの技術的優位性
ソニーといえば家電やエンタメのイメージが強いですが、実は長年、世界最高峰の**精密制御(メカトロニクス)と映像技術(イメージング)**を磨いてきました。
ソニー×医療ロボットの強み:
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モーションスケーリング技術
- 医師の大きな指の動きを、数分の一に縮小して正確にロボットに伝える技術
- 「手震え」を完全にカットし、安定した微細操作を実現
- 入力デバイスからの信号をリアルタイムでフィルタリングし、意図した動きだけを抽出する——これには高度なセンサーフュージョンとカルマンフィルタなどの状態推定技術が使われているはずです。遅延を最小限に抑えながら、ノイズを除去する。この両立が、手術ロボットの「使いやすさ」を決定します
-
圧倒的な視覚技術
- 4K/3Dの高精細映像技術により、術者に「本物以上にリアルで奥行きのある視界」を提供
- ソニーの映像センサー技術が医療現場で活きる
- 特に深度情報のリアルタイム処理は、ステレオビジョンと高速画像処理の結晶です。わずか数ミリの誤差が致命的になる世界で、視覚情報の精度と遅延は手術の成否を左右します
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精密な機械制御
- カメラやロボット製品で培った精密制御技術を医療分野に応用
- 0.01mm精度での動作を可能にする
- ソニーがデジタルカメラの手ブレ補正やロボット犬Aiboで培ってきた、超精密アクチュエータ制御の技術がここで花開いています
デモンストレーション
2024年に公開されたデモ動画では、トウモロコシの粒の薄皮を縫い合わせるという、人間離れした繊細さを証明し世界を驚かせました。トウモロコシの薄皮は厚さ数十マイクロメートル。これを破らずに縫合するには、力覚センサーによるフィードバック制御が不可欠です。縫合針が薄皮に接触した瞬間の微細な抵抗を検知し、リアルタイムで力を調整する——まさにロボティクスとAIの融合技術の結晶といえます。
4. 18億円の調達背景:国家レベルの期待
投資家の顔ぶれが示す意義
今回の出資には、リード投資家のFTIやMPIに加え、ソニーグループ、そして政府系の**日本政策投資銀行(DBJ)**も名を連ねています。
| 出資元 | 役割・期待 |
|---|---|
| FTI / MPI | 医療スタートアップ育成のプロとして、社会実装(実用化)を加速 |
| ソニーグループ | 技術提供および研究開発の継続的サポート |
| DBJ(日本政策投資銀行) | 日本の医療産業の国際競争力を高める「国家プロジェクト」としての支援 |
社会的意義
外科医の高齢化と深刻な人手不足が叫ばれる今、このロボットは「持続可能な医療システム」を構築するための切り札と考えられています。
特に、地方の医療機関でも高度な手術が可能になることで、医療格差の解消にも貢献すると期待されています。
5. 今後の展開と課題
実用化に向けたロードマップ
クオリィは今回の資金調達を受け、以下のマイルストーンに取り組みます:
-
薬事承認の取得
- 医療機器としての安全性・有効性の実証
- 日本国内での承認取得を優先
-
臨床試験の実施
- 実際の医療現場での有効性検証
- 医師のトレーニングプログラム開発
-
量産体制の構築
- 製造パートナーとの連携
- コスト削減と安定供給体制の確立
技術的課題と今後の展望
実用化に向けて、いくつかの技術的ハードルが待ち構えています:
- 手術環境の多様性への対応 — 病院ごとに異なる照明環境、電磁ノイズ、振動など、ロボットシステムは様々な外乱に対してロバストである必要があります
- 長時間手術での信頼性確保 — 数時間に及ぶ手術中、センサードリフトやモーター発熱による精度低下をどう防ぐか。エンベデッドシステムとしての耐久性試験は、おそらくこれまでにない厳しさでしょう
- 医師と機械のインターフェース最適化 — ヒューマンマシンインターフェース(HMI)の設計は、機能性と直感性のバランスが命。学習曲線をいかに短くし、医師が「道具」として違和感なく使えるかが普及の鍵です
これらの課題に対し、ソニーの技術サポートと豊富な資金により、着実に解決していくことが期待されます。特に組み込みシステムの信頼性設計やリアルタイムOS(RTOS)の選定など、地味ながら極めて重要な基盤技術の積み重ねが、このプロジェクトの成否を分けるでしょう。
まとめ:日本発のイノベーションが世界を救う
今回のクオリィの事業開始と18億円の資金調達は、日本の「ものづくり」が再び世界にインパクトを与える可能性を示しています。
SFの世界だと思っていた『ロボット執刀医』が、ソニーのDNAを引き継いで、いよいよ日本から世界へ羽ばたき出そうとしています。
外科医の高齢化、医療格差、手術の属人化という課題に対し、テクノロジーが具体的な解決策を提示しつつあります。
個人的には、組み込みエンジニアやロボティクスの分野に携わる者として、このプロジェクトには特別な思いがあります。制御工学、画像処理、センサー技術、リアルタイムOS——これまでバラバラに発展してきた技術が、「人の命を救う」という明確な目標のもとに統合される。これこそがエンジニアリングの醍醐味です。
da Vinciに代表される米国製手術ロボットが市場を席巻する中、日本の精密機械技術とソニーの映像・制御技術の結晶が、マイクロサージャリーという最も難易度の高い領域で勝負を挑む。このチャレンジ精神に、心から敬意を表したいと思います。
日本のものづくりが医療を救う未来、エンジニアの一人として全力で応援しています。
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